「僕は南の島で愛する君と再会した。」

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<白黒の4>

昼過ぎまではいつもと同じだった。
道具を作り、漁に出て、羽村がペニスを舐めて、そして僕が後ろから挿入して。
その後一休みしている時、異変は起きた。

ピルルルルルル・・・・・
「なに!?」
久し振りに聞く電子音。
羽村も驚いたように僕をみる。

急いで高台に行ってみた。
クルーザーが3隻泊まっている。制服の男もずっと多い。
まさか・・・まさか・・・今になって羽村を探しに来たのか!?
「にゃ・・・」
羽村が不安そうに僕を見ている。
「大丈夫だ」
根拠は無いが、僕はそういって彼女を励ます。
しかし、まさに不意を突かれてしまった。
武器なんか、魚を採るのに使った槍しかない。
作りだめした武器をとりに行かなきゃ。

森の中にも、既に男達が侵入してきてる。
幸い武器庫は、餌場から離してある。僕は男達をやり過ごしながら進もうとする。
「いたぞ!」
男の声が飛んだ。
え!? 見つかった?

僕は周囲を見回すが、別に誰も居ない。
一瞬ほっとするが、すぐに愕然とした。
羽村は!? 急ぎすぎて、引き離しちゃったのか!?
いっそ、さっきの高台に待たせておくべきだった。僕は舌打ちして引き返す。

「にいにゃ、にいにゃまぁ!」
羽村の叫び声が聞こえ、僕は急いでそこに向かう。
最悪の事態だった。羽村が男達に取り押さえられている。
場所は茂みの中で、餌場にまあまあ近い斜面だ。
「こいつだけか!?」
「探すんだ!」
「こいつはそっちに向かっていたぞ! 多分その先だ!」
男達の会話から、僕の存在がばれている事が判った。
とっさに木の陰に隠れた僕のすぐ横を、数人の男達が走っていく。
さすがに、こんな至近距離に居るとは思わなかったんだろう。

羽村を捕まえている男は一人。
じたばたもがく彼女を、憎々しげに押さえ込んでいる。
今しかない!

僕は槍を投げつけた。
たいした重量が無いので、放り投げた場合、人間に刺さるような威力は無いけど、牽制にはなった。
男は飛んできた槍を手で払おうとし、体当たりした僕への対応が出来なかった。
男と共に、ごろごろと坂を転がる。
当たり所が悪かったのか、男は顔をしかめて倒れたままだ。
「にいにゃま!」
羽村が駆け寄ってくる。

男が起き上がろうとしたので、もう一度横から体当たりして転がす。
しかしあまり利いてない。
「きさま・・・う!?」
僕を見て、何故か驚愕した顔をする。
それがあまりに隙だらけなので、3度目の体当たりを敢行した。
あっけなく転倒した男を後に、羽村に声をかける。
「逃げるぞ!」
「にゃう!」

武器庫方面はだめだ。じゃあ、後はどこへ・・・
そうだ、クルーザーはかえって手薄になってないだろうか?
でも操縦できるかどうか・・・
いや、できる。あのうち一隻には見覚えがあるような気がする。
あれなら確実に動かせる。何故かその確信があった。

しかし羽村の走る速度があまりに遅すぎた。
「いたぞ!」
遠くで声がする。
でも羽村は足元に居るんだから、つまり、今度は僕も見つかったんだ。
急いで茂みを抜け、近道の崖を走る。
この先を降りて曲がれば、すぐにあの港に・・・

べきっ!
「あっ!?」

つかの間の浮遊感と、そして全身を一気に叩く灼熱感。
一瞬視界がちらつき、気が付くと青い空が見える。
「にいにゃまぁぁぁっ!」
かすかに羽村の声が聞こえる。

・・・あ、そうか。
間抜けだなあ・・・自分の作った罠を踏んじゃったんだ。
どこも痛く無いけど・・・痛みだけじゃなくて、痺れて何も感じない・・・
30メートル以上あったよな、あの崖。
下は浜辺だったけど、あちこち岩にもなってたし・・・
だめだ。どうやっても体が動かない。かなりまずい所を打ったんだろう。

妙に静かな気分だ。
僕・・・死ぬのかなあ・・・羽村を残して・・・
そんな・・・くそ・・・ごめん・・・お前を・・・助けられない・・・

あれ? なんだか急にいろんな事を思い出し始めた・・・
ああ、走馬灯がどうこうって奴か?
でもさ、こういう時って、普通はそれまでの人生を振り返るんじゃないのか?
僕の場合は、ずいぶん変わってるな。
こんな事件に巻き込まれなかったらっていう、もうひとつの人生を見てるみたいだ。


修学旅行の船が、もし無事目的地に着いてたらさ。
僕は羽村に告白するんだ。
ロマンチックに決めるはずが、ちょっとドジも踏むんだけど、結果オーライさ。
羽村は照れながらも、はいって答えてくれるんだ。
そして僕は修学旅行中は有頂天で、彼女と一緒にあちこち行くんだ。先生に後で怒られるけどね。

僕は羽村と交際を始めるんだよ。
高校を卒業し、大学に入っても交際は続くんだ。
そして僕は羽村の、羽村は僕の初めての相手になる。
それからは休みになると、僕のアパートで二人は抱き合うんだ。
羽村は凄く積極的で、何でもしてくれる。でも僕にだけだよ。だって彼女は僕が好きなんだ。
僕も羽村が好きだから、彼女が気持ちよくなれるようにがんばる。
羽村が僕のを銜えてくれるから、僕も彼女のを隅々まで舐めてあげる。
舐めあったりなんかも平気さ。だって僕達は、お互いをすごく愛してるから。

もちろん結婚の約束だってしてるよ。卒業して就職したら、正式に申し込むんだ。
やがて僕は、まあまあの製薬会社に就職して、そして一生懸命働く。
でも彼女とは、なかなか結婚にこぎつけられない。
彼女のお父さんがやっかいな病気にかかっててさ、治療に相当のお金がいるんだ。
やがて彼女は結婚をやめようとする。僕に負担をかけたくないって。
冗談じゃないよ。とても納得できない。いいじゃないか、いっしょに苦労しようよ。


・・・僕はちょっとあきれていた。
なんで空想の未来が、こんな変なドラマ仕立てなんだ。
空想ぐらいハッピーエンドでいいだろうに。
まあ、もっと育った羽村といちゃつく毎日は生唾ものだったけど。
この島で羽村と過ごした日々に負けないぐらい、濃厚に愛し合ってた。
やっぱり妄想って事かね? だって羽村の胸に、ほくろあったもんな。

僕の視界内に男達が入る。何故か心配そうな顔をしている。
僕を殺したくはなかったんだろうか。羽村にあんな事をしてしまえるような連中が。
「にいにゃま!」
羽村が泣きながら、必死に僕に呼びかける。
鳴いてるんじゃない。泣いているんだ。
この身体で、あの崖から来たにしては早いな。まさかこの連中が連れてきたのか?

こいつら、羽村をどうするつもりだろう。
もう商品にはならない。妊娠までしちゃってるんだ。
僕と羽村の子供はどうなっちまうんだろう。
いや、羽村自体、生かしていてもらえるかどうか。
くそ。現実はこんなに辛いものなのに、なんで空想でまで苦労してるんだ。
とか言ってたらまた、空想の未来が見えてきた。
もう空想はいいっていうのに・・・


羽村の父親を治療するのに必要なお金は、確かにその時点の、僕の稼ぎでも追いつかない。
でも実は、勝算はないでもなかった。
会社で僕が研究中の薬が、問題を解決するかもしれない。
脳神経系の作用に直接干渉し、能力を飛躍的に向上させる薬。
物理的要因による精神疾患や、様々な薬物中毒から、劇的な回復を可能にできる新薬。
健常人に使えば、天才を生み出せる可能性すらある。
まあ、そこまで単純には行かないだろうけど、服用時に通常以上の知的活動が可能になるというデータは出てたんだ。
我ながら、これはいけると思った。
即座にお金にならないにしても、こいつが完成すれば、億単位の融資を引き出せる。
だから羽村、もう少し待ってくれ。
君のお父さんだって、今すぐ死んじゃうって訳じゃない。
もうちょっと、ほんのもうちょっとで完成するんだから。

だけど。
羽村は僕の前から姿を消した。社外秘のデータの入った記憶装置ごと。
大事なデータをそう簡単に盗まれるような場所には置かない。
見える場所にあるのはダミーで、床下に記憶装置の本体を隠している事なんか、彼女しか知らない。
そして一ヶ月もしないうちに、大手の製薬会社から、未完成だった薬と、ほぼ同じ物が発表された。
途中過程のパテントをいちいち押さえておかなかった僕には、相手を訴える事すら出来なかった。
それどころか機密漏洩の疑いで、僕は会社を解雇され、以後同業種に就くことさえ禁じられた。

笑えるおまけもついた。
薬は未完成だと言ったよね?
2年くらいたって、あの薬を発表した製薬会社で、大惨事が起きた。
臨床実験をされた被験者の半数が脳に重い障害が生じ、死亡者まで出たんだ。
データを盗んだ製薬会社は、それについてまともな説明ができない。そりゃそうだろう、
社会的に大きなダメージを受けてしまい、立ち直れずに別の会社に吸収された。
僕が最初居た会社も、その頃には潰れていた。
多分データの窃盗に関して裏でのやり取りがあり、負けたんだろう。

僕の方は、何とか生きていた。
日雇いだの運転手だの接客業だの、まあその場しのぎの色々な仕事で食いつないでたよ。
就職して2年目に両親とは死別してたし、だから養うのは自分だけで良かったからね。
ああ・・・そうだ、飼い猫も養わなきゃいけなかった。
高校の時から、ほんの子猫の時から、ずっと飼ってきた猫だからね。
仕事を首になったからって、保健所に連れて行くことなんかできなかった。
本当は、その猫が居るから、僕は自殺もせずに頑張れたのかもしれない。
だって僕が居なくなったら、こいつだって終わりなんだ。
だからもう、何も考えず、とにかく生きていくのに必死だった。

でもぼくは、やっぱり根っからの研究者だった。
どこにも発表できないのを承知の上で、一から例の薬の研究を再開した
解雇の時、手元にデータなんか残させてくれなかったから、文字通りの一からだ。
仕事から帰ってからこそこそ頑張るのさ。
でも猫がかまってくれってじゃれつくんだ。ほんと邪魔だよ、絞め殺したいぐらい。
でも僕は締めるどころか、そいつの気が済むまで遊んでやるんだ。
あいつがそうやって、僕の心を晴らしてくれないと、僕は多分壊れてただろう。
いや、もうどこか、壊れてたのかもしれないけどね・・・。

薬を完成はできなかったけど、副作用の緩和はできるようになった。
思考力を失った廃人になるのは、全ての思考活動を抑圧してしまうからだ。
でも、逆に副作用は避けられないと考え、積極的に方向性と程度を調整すれば、意図した範囲で抑える事はできる。
僕は、試作した薬を自分に使った。
思考能力を上げれば、薬をより根本的に改良できるんじゃないかと思って。
副作用で抑圧される物は、娯楽に対する欲望と、過去の回想に関する能力を選んだ。
どちらも僕には必要なかったから。
ただ、飼い猫のミルクを可愛がる事だけは、例外として残したけどね。

僕はその後、多くの犠牲者を出して、最終的に悟る。
この薬では、何かを得るためには、その分何かをあきらめなきゃいけなかったんだ。
結局、能力の向上にはまともには使えない。
むしろ、脳の特定機能を抑圧する薬として使った方が適切だ。
なら、そう使ってやるだけさ。
僕はこの薬を有効利用する事を、猫を可愛がる以外の、唯一の人生の目標として残したんだから。



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