「僕は南の島で愛する君と再会した。」
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<黒の1>
私が少女の改造に着手したのも、無人島を飼育所に仕立て上げたのも、ただ単に自分のためだ。
きっかけは、私の大切な家族が死んだ事だろう。
彼女は、その身体が許す限りには、長生きした方だと思う。
おそらく、自分が私にとって唯一の家族である事を、理解していたのだろう。
自分を失った後、私が何をしでかすか心配で、なかなか死ねなかったのだろう。
だが、彼女は知らなかっただろうし、理解もできなかっただろうが、私はずいぶん前から、既に人の道を大きく踏み外していたのだ。
晩年の彼女に、お前はそろそろ猫又になってしまうのではないか? 等と、半分冗談で、半分本気で言った事がある。
本当に化け猫になっても、生きていてくれるのなら、それでも良かった。
私にとって彼女はれっきとした家族の一員であり、可愛い女性だった。
しかし現実には、彼女の器は只の猫に過ぎない。
物理的に、私よりはるかに短い寿命しか持たない。
どれだけ私が金や権力を持っていようと、一匹の猫の寿命を変える事はできなかった。
手は尽くしたが、結局別れの日はやってきた。
その日、私は引き取った彼女の亡骸を部屋で抱きしめ、一晩中泣いた。
本当は人間と同じ様な墓を作りたかったが、何か彼女を小馬鹿にしてしまうような気がして、できなかった。
彼女は人間の代替物ではなく、あくまで純粋なペットとして飼い始めたたのだから。
私は故郷に彼女を連れて帰り、裏山に自分で穴を掘り、そこに埋めた。
墓標はいずれ朽ちてしまう、小さな木の札。
我が家で飼ったペットは、ずっとそうしていたから。
彼女もそれを、望んだろう。
彼女が死んだ後の私は、しばらくは抜け殻だった。
その時、私も死ぬべきだった。
たかがペットが死んだだけで、何をそこまでと思うかもしれない。
だが、私は彼女を失った事を埋め合わせるため、更に恐ろしい行為に手を染めていく。
してみると、やはり彼女の心配は当たっていたのだろうか。
私の部下が、腑抜けとなった私を心配したのだろう。
取引していた組織の人間が訪れて、私をあちこちに連れまわし、気晴らしさせようとした。
親切心からではない。私がそのままでは、彼らに支障が出てしまうからだ。
私の仕事は、薬を作る事。一種の薬剤師だ。
ただし作るのは、人の心を操作する悪魔の薬だ。
麻薬や自白剤の様なチャチな物ではない。
当人の思考や能力に一切傷を付けず、ただ考え方だけを都合よく変えたり、特定の人間には絶対逆らえなくできる。
あるいは思考力や記憶、運動能力、言語能力の一部や全部を意図どおり制限もできる。
副作用は何もない。
いや、実はこれらの効能自体が本来は副作用であり、元々は別の目的で作られた薬だ。
だがそれが、副作用をどう発現させるかが主目的となってしまったのだ。
ほとんどの場合、飲ませるだけで速やかに目的の効果を発揮できる。
完全に意図どおりに制御するには、薬を与える相手の体質データを調べて調整する必要があるが、それとてたいした時間はかからない。
それ以外の作業が必要なのは、対象物を特定する場合だ。
例えば誰かに服従させるならば、その誰かの現物なり写真なりを用意し、薬を飲ませる人間に見せておく必要がある。
やらねばならないのはそれだけだ。手術も脅迫も、長期にわたる洗脳もいらない。
これがどれだけ威力のある薬であるかは、説明不要だろう。
大抵の問題は解決できるのだ。
何かの不手際があっても、薬を飲ませるだけで、完全に帳尻を合わせてしまえるのだから。
私は自分の地位も財産も、この薬によって築き上げた。
薬の製造に関する情報は、誰にも教えなかったし、書類すら存在しない。
全ては私の頭の中にある。
それが私の唯一の財産であり、力なのだから。
だから私が薬を作らないと、他には誰も作れない。
取引相手は、だから私に仕事をしてもらわないと困る。ただそれだけだ。
ある時、気晴らしとして連れて行かれた屋敷で、私は人間なのに人間ではない物を見た。
手足を半分程度に切断され、犬や猫の様な装飾品を付けられ、裸のまま四つんばいで歩き回る少女だ。
不思議な事に、取り返しのつかない改造をされているにもかかわらず、少女には悲壮感も暗さもない。
ごく自然な様子で、愛玩動物として振舞っていた。
もちろんその身体は人間の少女のものだから、当然の様にお決まりの用途にも使われる。
屋敷の主人はわざわざ実演して見せてくれた。
少女は命ぜられるまま素直に主人のペニスを銜える。その様は嬉しそうですらあった。
そして主人に背後から貫かれ、歓喜の声を上げる。
少女は、生後まもなく手術でこんな身体にされ、以後もきちんと調教されつつ育てられ、こういう動物に仕立て上げられたそうだ。
かなりの費用も時間がかかってしまう、恐ろしく高価なペットだ。
屋敷の主人は、これまで3人こういう少女を作り、やや出来の劣っていた他の2人は同好の士に売却したと言っていた。
獣のごとき姿となった少女を妙に愛らしく感じている自分に気が付く。
そして、私のどこかに黒い火がついた。
自分も、これを手に入れたい。自分なりの方法で。
たぶん、失ってしまった愛猫の代用品を手に入れようと思ったのだろう。
恐ろしく歪んだ形で。
私は自分の為に、獣となった少女を作る作業に着手した。
肉体への手術自体はそれほど難しくはない。
肉体改造は、虐待や支配の目的でも使われるからだ。
拘束の究極として手足を切断し、永久に自由を奪う。
相手の思考は正常でかまわない。恐怖や屈辱や悲哀の様子を楽しむためだから。
だから改造技術は既に、充分確立している。
最初は実験の為に、部下に命じ、見た目の可愛い少女を適当にさらって来させた。
まず肉体を改造させる。手足を四つんばいで歩くためだけの長さに切断し、猫の様な尻尾や耳を植え込む。
この時点で少女は、もはや獣として生きるしかなくなるが、そこからが本番だ。
身体の状態に合わせて薬を与える。自分はそういう生き物なのだと認識させる。
しかし、なかなかうまく行かなかった。
自然な服従心。愛玩動物として必要な、飼い主への親愛の情。
人間としての自覚を消し、自分の存在に疑問を持たせず、かつ自立的な行動も残す。
本来は、幼少時からの教育でようやく実現できるそれを、薬でどう実現するか。
これまで私の薬は1つ、多くて2つ程度の要素の制御しかしなかった。
もっと多くの、ある程度相反する要素を全てを満足させるのは、かなりの難問だった。
少女に、専用に調整した薬を何度も作って与え直す。
新しい薬を与える時には、前の薬をリセットせねばならない。
効果をリセットする薬・・・私はカウンター薬と呼んでいるが、それが使えるのは5回程度で、それ以上になると障害が出始める事が、その時初めてわかった。
それまで、同じ人間にそこまで何度も薬を与え直した事がなかったのだ。
最初の少女は実験中に自我が崩壊し、言われた事を、言われた通りにするだけの人形になってしまった。
処分をどうするかだったが、そんな物でも喜んで使う者は居るらしく、取引先の1つがそれを買い取った。
私は新たな少女を拉致させ、同様の手術をして、実験を再開する。
これもやはり、繰り返される実験中に狂ってしまった。別の薬を与えて人形にし、売却する。
3人目でどうにか成功した。
出来あがった猫少女を、自宅で飼ってみる。
少女は猫の性格に似せ、ちょっと気まぐれで、甘えたがりな性格に仕上げた。
ただし本物の猫より扱いやすい。
この猫少女は、あくまで楽しむための代替品だから、それで構わなかった。
完全に猫を再現するくらいなら、本物の猫の方がよほどいい。
しかし私はもう、生涯新たな猫を飼う気はないのだ。
この猫少女は、よほどの苦痛を与えない限り、何をしても嫌がらない。
好きなように構い、気が向けば犯してもいい。
そんな扱いを嬉しいと思うように調整してある。
これは所詮猫ではないのだ。私はあの死んだ猫に、性欲を感じた事などないのだから。
飼い猫を犯す不思議な感覚は、しかし不快なものではなかった。
獣に改造された少女には、独特の強い魅力がある。
私は相手を猫の代用品ではなく、そういう生き物だと感じ始めていた。
だが私は、すぐに不満を感じ始めた。
猫少女は、本物の猫ほど豊かな反応をしてくれない。
本物の猫は期待に応えない。制御できない。
飼い主の怒る様な事でも、悪い事だとどこかで理解しながら、それでも繰り返す。
なぜなら馬鹿だからであり、けだものだからだ。
だからこそ、面白くて可愛い。
しかし猫少女は、仕込んだ通りに飼い主を喜ばせようとする。
だんだん反応が読めてしまい、そして飽きてくる。
自分で作っておきながら、私はその少女に苛立ちすら感じ始めた。
結局、私はその少女を売却した。
私にしては不満足な出来であっても、少女にはかなり高い値がついた。
出荷の際、何か処置を加えるかどうか少し悩んだ。私に対して懐くように刷り込まれた後だからだ。
しかし、そこだけリセットするのは不可能だ。
結局、いつか迎えに行くから、それまで新しい飼い主に忠実に従え、と命令して送り出した。
もちろん迎えに行く事などないのだが、それは少女に判るはずもない。
だからまだ生きているなら、今でも売られた先で、少女は私を待っているのだろう。
私は今度は、変にこだわらず、もっと自分の望むものを作ろうとした。
私の薬は、基本的には引き算で作用する。
脳の特定の機能を麻痺させ、抑圧する事で目的を達する。
それでは駄目なのだ。少女に豊かな反応をさせるには、足し算も必要だ。
それは薬だけでは実現できないと、私は悟っていた。
前の少女も、色々仕込みはしたはずだが、しょせん密室で一匹だけでは限界がある。
だから、南の海に無人島を1つ買った。猫少女を仕上げる場所を作る為に。
金なら問題はない。もう不自由しないほど持っている。
私は金を稼ぐ為に仕事を続けているわけではない。
自分の研究を追及し、その成果を試すために生きているだけだ。
昔、自分に薬を使った時、選んだ制約がそれだった。
私の薬は本来、脳の機能を向上させる物として研究していた。
しかしやがて、重大な副作用が露見した。
脳の機能を一部向上させる事はできるが、やがてそれ以外の部分に機能低下をもたらすのだ。
その副作用をどうにか無くせないかが、以前の課題だった。
その後の研究で、無くす事はできなくても、どこに副作用が出るかなら、ある程度制御できるようになった。
だから、初めての人体実験を兼ね、自分に薬を使った。
薬を完成させる為の思考能力を得る為に。
問題は、副作用をどこに割り振るかが問題だった。
そして私は、娯楽を楽しむ能力を捨てた。
これまでの人生を捧げたこの薬の研究以外に、やりたい事などない。
だから、それ以外に楽しみなど感じなくていい。むしろ必要はない。
しかし、その時既に、私は猫を飼っていた。
だから猫を可愛がる事だけは、例外として残した。
私がその猫を可愛がれなくなるという事は、見殺しにするのと同じだ。
それに、彼女は私に残された、唯一の家族だった。
両親は既に死に別れ、愛していた女性は私を裏切った。
その女性の裏切りは、私の心に深い傷を残しただけではなく、私の生活をも破壊した。
だから私には、やる事など薬の研究くらいしか残っていなかったのだ。
そして当時、私はその辛い想い出に悩まされていた。
時々浮かび上がってくる過去の回想は、その都度私の心の傷を開かせた。
だから想い出を回想する能力も、抑圧する事にした。
必要なのはデータであり、記憶だけだ。感情の絡む回想などいらない。
私を使った初めての人体実験は、まあまあ意図どおりの成果をもたらし、その後の薬の改良について有意義なデータとなった。
思考力も意図通り強化され、研究も一層はかどった。
ただやはり最初だけあり、予想外の副作用も出てしまったが、まあそれはいい。
だから、金など別にどうでもいい。他にやりたい事などないのだ。
買った無人島に、猫少女だけでも生存できる様な飼育場を作らせた。
食べ物と飲み物を確保しやすくし、有害そうな虫や動物など、命の危険になりそうな要素を除いた。
新たな少女を数人調達し、身体を手術した上で、学習能力を高めた改良版の薬を与え、その島に放した。
また事前の学習にも追加が必要だった。
元々猫少女には、飼い主にどう接するかの基本的な概念は仕込んである。
それに加え、どんな場所で寝起きするか、どの木の実が食べられるか、排泄はどこで行うかなど、島で暮らす上での最低限の知識も教えておいたのだ。
後は監視しつつ、基本的に放し飼いの状態を続けた。
一ヶ月して私が島に上陸すると、少女達は競って歓迎してくれた。
意図した通りの効果は充分にあった。
放し飼いを経験させた少女達は、動物的で面白い反応をしてくれるようになった。
例えばお互いで喧嘩したり。逆に仲良くなったり。
好奇心が強くなったり、逆に臆病になったり。それぞれに、面白い味付けがされる。
こうなると、わざわざ密室に連れ帰るのが惜しくなる。
私は少女の大半を、島で飼い続ける事にした。
家に連れ帰るのは一匹ずつで、それも次に島に行ったら、別の少女と交代させる。
たまに2匹一度に連れ帰る事もある。そうすると部屋でも2匹の駆け引きが続き、なかなか刺激的だ。
やはり、猫はこうでなくては、と思った。
商売として始めた訳ではないのに、私の作った猫少女を欲っする声が届き始めた。
それまでに売却した猫少女はいずれも健在で、特に3人目は、売却先に訪問した別の客にも好評だったのだ。
取引相手からの要望もあり、私はそれに応える事にした。
それに、薬を使った仕事を追求するのは、私が自らに与えた枷でもある。
一番簡単な製造方法は、手術した少女に改良前の薬を与え、最低限の教育をしてから渡す事だ。
実際何人かはそう作り、納品した。
しかしもっと完成度の高い猫少女を見た後では、そんな品質ではこっちが納得できない。
私は同じような無人島をいくつも作らせ、新たな猫少女をそこでも飼育し始めた。
この新しい商売は順調だった。
最盛期には、平均すると一ヶ月に4人出荷した。
たいていの場合、島に離す前に、少女には客の顔写真を見せて、自分の主人が誰かを刷り込む。
そして島から回収する時にも写真を見せ、刷り込みを強化し直して納品する。
だが、教育の仕方は渡す客によって異なる。
例えば、たまにカスタムメイドにも応じた。
誘拐された特定の少女をこっちで手術し、仕上げて客に送り返すのだ。
子供の状態から育て上げる方式では、不可能な事だ。
たまに、特定の主人を設定しない事もあった。不特定の相手に使用する為だろう。
また、別の主人が設定されてしまった中古を売る事もあった。
例えば、私の飼っていた少女だ。
そう、私は後半になると、自分の飼い猫を順次入れ替えていた。
手放すのは、その少女が嫌になったからではない。ただ、漠然と危うい感じがして、私はそうしていた。
だがやがて気付かされる。
私は同じ少女を長期間飼い続けると、情が移りそうになるのを感じていたのだ。
彼女達はあくまで代用品であり、ただ遊ぶための相手のはずなのに。
自分がそんな感情を持ってしまうのを私は無意識に恐れ、懐いてくる少女を遠ざけていたのだ。