「僕は南の島で愛する君と再会した。」

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<黒の2>

私は次第に、猫少女達を本気で愛し始めている事に気付き、焦った。
そんな事は許されない。
自分の今の立場、やってきた事、今やっている事を考えると、そんな事が許されるはずはない。
だいたい私は、そんな楽しみなど得られないはずだ。
ただ、自分の作り出した薬でどこまでできるかを試す、それだけしか許されないはずだ。
以前試した時は、女を抱こうが賭博をしようが、少しも楽しくなかった。
家で猫を構っているのだけが、例外的な唯一の楽しみだったはずだ。

普通の楽しみなど許されるはずはない。
猫にされた少女達から普通の人生を奪っておいて、今更愛するだのなんだのはお笑いだ。
その前だって、どれだけの人間の人生の破滅に手を貸した?
自分の作った薬がどんな使われ方をされるか、判らない筈がない。
いや、自分だって目的を達成する為に使ってきたはずだ。
それに最初の頃に、薬の改良の為にやった人体実験の事を覚えていないのか?

自分で人体実験をした後、私は、当時住んでいたアパートの他の住人を次の実験材料にした。
まずは隣室に住んでいた、歳若い夫婦が私の手に落ちた。
簡単な事だ。薬を混ぜた食べ物を渡せば良かった。
向こうも良くこっちにおすそ分けしてくれてたから、お返しは不自然ではない。
薬はあっさり利いてくれた。警戒心が極端になくなり、私のいう事を素直に聞くようになった。
後は簡単だった。その夫婦はアパートのほかの住民にも、食べ物を良く持っていってのだから。

ある住人は勤務先で暴れだし、病院に収容された。
別の住人は学校の教師で、授業中に突然教え子を強姦し始め、逮捕された。
住人の一人のホステスは私に際限なく貢ぎ始め、最後に職場で刃傷沙汰を起こし死んだ。
野球選手だった住人は、何故か暴力団事務所に殴りこみ刺殺された。
ある時など、お菓子に薬を仕込んで大家に送った所、そこのまだ幼い娘が色情狂になってしまった。
試しに私の部屋に連れ込むと、まったく躊躇なく裸を晒し、どんな悪戯も喜んで受けた。
その後父親と性交渉を持つようになり、それを察した母親が父親を殺して心中を図った。
娘はそれきり行方不明となっている。噂は色々聞くが真相は知らない。
そして私の手先となった若夫婦は、耐えられなくなったのか、ある日そろって首を吊った。
アパートの住人が次々に異常な行動に走ったため、近所から呪われているだなんだと噂が立ち、私はそこを立ち去った。
データはもう、充分に溜まっていたからだ。

薬の効果も恐ろしいが、本当に恐ろしいのは、何の関係も無いはずの隣人達で、それを実験してしまった私だ。
自分のする事に制限がなくなっていくのに気付いてはいた。
異常さには自分でも気付いてはいた。
自分に投与した薬が、事前の想定を越え、何か重要なものまで抑圧したらしい。
だがそれよりも、思い通りに状況を制御できる満足感の方が大きかった。
この薬でどこまでの事ができるか、試したくなっていたのだ。

アパートを出た頃から、私の活動は、完全に非合法の世界に移った。
最初はぽつぽつとあるだけだった注文が、薬の効能の確実さが買われ、次第に増えていく。
もちろん薬の改良は怠らない。時折適当な人間を騙し、実験を続けた。
もし私が色好みだったら、女には困らなかっただろう。
女の股を開かせる事など、造作もない事だったからだ。
あいにくそれを楽しむ能力は残していなかったから、特に女を狙って実験するという事はなかったが。

私の商品は、基本は特定の人間を指定された状態にする薬であり、一品生産だ。
ライバルや敵を無力化する武器として、高値で取引できた。
私自身、こっちに目をつけてくる警察の追及をかわすため、ピンポイントで薬を使った。
対処は早い方がいい。警戒されてからでは、相手の口に薬を入れるのは難しくなる。
逆に無警戒の相手なら、なんとでもできた。
ちゃんと調整した薬はごく少量で効くし、味も匂いもしない。
相手はまったく何が起きたか判らないまま、術中に落ちてしまう。

私が力をつけ、自分自身の組織を持てるようになった頃には、もう完全に金には困らなくなった。
特に調整しなくても、不特定多数の女を淫売に仕立てる薬は簡単に作れる。
あるいは死を恐れない鉄砲玉を作る事も簡単だ。
この場合、理性のタガの一部を外してしまえば、常時火事場の馬鹿力の状態を作る事すらできる。
そんな薬を売るのも、充分な稼ぎになる。
その手の簡単な薬の調合だけは、部下にやらせるようになった。
だから私はこれまでと同じ様に、一品物の薬を作ればよかった。
飼い猫が死ぬまでの、それが私の主な生活だった。
少女達の改造に着手する前から、私は既に闇の世界にいたのだ。

これまでどれだけの人間を破滅させてきた?
精神を目茶目茶にされた、アパートの愛すべき隣人達は、どうなってしまった?
だいたい私は、何故こんな事をしているのだ。
あの女が裏切ったからだ。それから全てが狂った。
それに対する復讐なら、その女に対して行なうべきだが、居場所が判らない。
しかし、本当にそうだろうか?
裏切られた当時の、非力な私ならともかく、今ならあの女を捕まえられるのではないか?
しかるべき相手にこそ、しかるべき報いを与えるべきではないのか?

私は、飼育場の島に行かなくなった。
少女達は適当に部下に管理させ、私は一切近づかないようにした。
これ以上猫少女達に接すると、自分がどうなってしまうか判らない。
今はただ、あの女への復讐のみを考える事にした。


女の消息が判明するまで、それから2年かかった。
普通に追いかけても、足取りはろくにつかめなかったのだ。
発見は、割と偶発的だった。
私の取引相手にも、女に関しての情報をばらまいたのだが、それが功を奏した。
既に時間が経ち過ぎているため、女の古い写真と、それが年老いた予想図を配った。
その若い方の写真に良く似てる娘を見かけた、と言う証言が出てきた。
やがてその娘の居場所が判り、写真が送られてきた。
まだ幼さの残るその娘は、確かに目的の女の若い頃と良く似ていた。

その母親の経歴も調べられた。
偽名を使い、戸籍も偽装されてる事が判った。血液型や年齢は一致した。
経歴を逆に辿る形で調査は続けられたが、途中で充分結論は出ていた。
間違いない。あの女だ。

娘の方を拉致させてから、女に手紙を出した。
娘を返して欲しければ、云々と言う陳腐な内容だが、相手は素直に指定の場所に現れた。
私はどういう心境でか、部下も連れず、一人でその場に向かった。
人気のない山の中で、女は言った。
「麻里は・・・無事返してくれるの?」
「返さないと言ったら?」

しばしの沈黙の後、彼女はつぶやいた。
「・・・もう・・・そうなのね・・・」
「何を言っている?」
「お願いがあるの・・・私を殺して」
「なに?」
「もう、生きていても仕方が無いから・・・」
そんな事を言えば、私に何らかの慈悲を与えてもらえるとでも期待したのか?
もう、こんな後戻りのできない所まで来てしまったのに。

相手が何をしでかすか判らないから、こっちも護身用の銃を持っていた。
気がついたら、もう相手を撃った後だった。
銃弾を受け、地面に倒れた女の顔は、わずかに微笑んでいた。
「何がおかしい!」
「・・・これで・・・やっと・・・終わった・・・から」
その目が、私の目を見た。
「ごめん・・・ね」

目を閉じた女の顔は、やっと自由を得て安堵したように見えた。
だが、今更謝っても、何もかも遅い。
それに復讐は終わってもいない。
娘の、彼女の若い頃そっくりの写真を見た時に、決めていた。
この娘に償わせてやる。
私の復讐を与える相手は、若い頃の女そっくりの、この娘にこそふさわしい。
この娘ならば、愛する心配などない。心ゆくまで蹂躙してやれる。

そう、だから拉致した娘は、既に手術は済ませ、薬も与えていた。
女は生かしておき、自分の娘の変わり果てた様を見せ付け、苦しめてやるつもりだった。
それなのに・・・衝動のままに殺してしまっては、復讐の半分は成せないままだ。
こいつは私の表情を見て、何が始まるかを悟ってしまったのだろうか?
だから、それを見たくなくて、殺してくれと言ったのだろうか?
とにかく、彼女には永遠に逃げられてしまった。
だが、まだ娘が残っている。
復讐の残り半分を成すべき相手は、手の内にあった。



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